焼豚玉子飯の歴史


今治焼豚玉子飯は約40年前、市内にあった中華料理店「五番閣」(閉店)
のまかない料理として生まれた。その伝説の「五番閣」から独立した
「白楽天」「重松飯店」がメニュー化した事で口コミとなり、ソウルフードと
なった。2010年現在では市内約60店舗ほどでメニュー化され、人気を
博している。
焼豚の厚さや部位、玉子、そしてタレと各店舗特徴がある。
焼豚玉子飯は素早く提供できるようになっている。これは今治人の気質
によるもの。今治人はイラチで(気が短い事)、料理が早く提供されないと
我慢できない。旨い・安い・ボリュームがある、は当たり前とし、なおかつ
早くないとならないのだ。
その点、焼豚玉子飯はいたってシンプルな構造で仕上がっている。
どんぶりにご飯をよそい、スライスした焼豚(店によって異なる)をのせる。
その上に目玉焼きをトッピングし、甘辛いタレをかけるだけ。
この間わずか数十秒。
焼豚玉子飯は今治人の気質から生まれたソウルフードなのだ。